業者選びは、本当に神経を使う作業です。何社も話を聞いて、見積もりを並べて、ようやく「ここにお願いしよう」と決める。決めた瞬間に、肩の荷が下りたような気持ちになる方がほとんどなんですよね。その気持ち、私もよく分かります。
ただ、ここで一つだけお伝えしておきたいことがあるんです。塗装というのは、契約書にサインした時点ではまだ何も始まっていません。実際に塗料が壁にのっていくのは、これからなんです。そして工事が始まってからの現場というのは、契約のときには見えなかったものが、いろいろと見えてくる場所でもあります。
前職にいた頃、ある男性のお客様から工事の最終日にお電話をいただいたことがありました。「契約のときはあんなに丁寧だったのに、始まったら一度も挨拶に来なくなった」と。仕上がり自体は悪くなかったのですが、その方の声には、置いていかれたような寂しさがにじんでいて。今でも忘れられないお電話の一つです。
工事の初日というのは、たいてい足場を組むところから始まります。トラックが来て、金属のパイプがどんどん運び込まれて、半日かけて家がすっぽり囲まれていく。ここが、お客様が現場を感じられる最初のタイミングなんです。
このとき、職人さんがどんなふうに作業しているか、少しだけ見ていただきたいんですよね。資材を乱暴に置いていないか、お隣との境目に気を配っているか。声のかけ方ひとつにも、その会社の普段の姿が出ます。
長野県のあるお客様が、足場の日に職人さんへお茶を出されたそうなんです。すると向こうも気持ちがほどけたのか、「ここの軒、思っていたより傷んでますね、丁寧にやりますね」と一言あったと。そういう小さなやりとりが積み重なって、最後まで気持ちのいい工事になったとうかがいました。立ち会うというと身構えてしまうかもしれませんが、ほんの数分、顔を出すだけでいいんです。
塗装の前には、高圧洗浄で壁の汚れや古い塗膜を落とす工程があります。それから壁をしっかり乾かす。地味な工程です。仕上がりの色とは関係がないので、お客様の関心も薄くなりがちなところです。
でも、ここを急がれてしまったお客様の声を、これまで何件も聞いてきました。洗浄の翌日に雨が降ったのに、壁が濡れたまま塗り始めてしまった、というお話もありました。乾いていない壁に塗料をのせると、あとから膨れたり剥がれたりすることがあるんです。数年経ってから症状が出るので、その場では分からないのが、なんとも厄介なところでして。
だからこそ、お客様自身が「昨日洗ってもらった壁、もう乾いていますか」と一言聞いてくださるだけで、現場の空気が締まります。素人だから分からない、と遠慮なさる方が多いのですが、自分の家のことを気にかけている施主の存在は、職人さんにとって決して悪いものではないんですよ。
とはいえ、お仕事をされている方が毎日現場に張り付くなんて、できるわけがありません。私もそんなことをお願いしているのではないんです。
朝、出かける前に「今日もよろしくお願いします」と一声かける。夜、帰ってきたら壁を眺めて、気になったところがあれば次の日に聞いてみる。それくらいで十分なんです。お客様が見ているという、その事実だけで、丁寧さは自然と保たれていくものだと思っています。
創業して、同じ思いをするお客様をもう一人でも減らしたいという気持ちでこの仕事をしていますが、工事中のすれ違いから生まれるトラブルというのは、本当にもったいないんです。少しの声かけで防げたものが、ほとんどでしたから。