先日、長野県のお客様から電話をいただきました。実家を相続したものの、ご自身は別の場所に住んでいて、いずれ売るか貸すか迷っている、という状況でした。「外壁が傷んでいるのは分かっているけれど、どうせ手放すなら塗り直す意味があるのか」というご相談でした。
この質問には、一つの決まった答えがあるわけではないんですよね。前職で数多くの施主様と接してきましたが、売却前提の家に高額な塗装をして、後から「そこまでしなくてもよかったかもしれない」と感じる方もいれば、逆に何もせず売りに出して、内覧の段階で「外壁の傷みが気になる」と価格交渉の材料にされてしまった方もいます。どちらの後悔も、私は現場で見てきました。
面白いのは、同じ「売却予定」という条件でも、悩みの中身は人によってまったく違うということです。ある方は費用の話ばかりを気にされますし、ある方は「見栄えの悪い家を人に見られるのが嫌だ」という気持ちの部分で悩まれていました。数字だけでは測れない事情が、そこにはあるんですよね。
不動産の査定に詳しい方に伺うと、外壁の塗装状態だけで評価額が大きく動くケースはそれほど多くないそうです。ただ、内覧に来た方が最初に目にするのは玄関までのアプローチと外観で、そこで受ける印象がその後の内見全体の受け止め方に影響することがある、という話をよく聞きます。
つまり、外壁塗装そのものが資産価値を大きく押し上げるというより、「傷んで見える家」という印象を避けられるかどうか、という意味合いが強いのだと思っています。ここを混同してしまうと、必要以上の投資につながりかねません。「塗ればその分高く売れる」と単純に考えて、見積もりの高い工事をそのまま契約してしまったお客様を、私は何人も見てきました。
逆に、こまめに掃除だけしてきた家と、何年も放置していた家とでは、内覧時に受ける印象がかなり違う、という声も査定の現場から聞こえてきます。塗り替えるかどうかの前に、まず「今の状態がどう見えているか」を客観的に把握することが、案外大事だったりします。
売却を数年以内に考えている場合、私がお伝えしているのは「全面塗装ありき」で考えなくてもいいということです。高圧洗浄でコケや汚れを落とすだけでも見た目の印象はかなり変わりますし、目立つ部分―雨樋やベランダの手すりといった付帯部―だけを部分的に塗り直す、という選択肢もあります。
もちろん、ひび割れや雨漏りの兆候がある場合は話が別です。そこを放置したまま売却すると、契約不適合責任という形で後から問題になることもありますから、傷み具合によっては最低限の補修が必要になってきます。このあたりの見極めは、正直なところ現地を見てみないと判断がつかない部分でもあります。
以前、別のお客様からは「あと2年で売る予定なのに、20年保証の塗料を勧められた」というご相談を受けたこともありました。売却の時期がある程度見えているなら、そこに見合わない耐久性の高い塗料を選ぶ必要はないはずなんです。もったいない話だと思いながら、そのときはお話を伺っていました。
業界に身を置いて20年近くになりますが、売却前提のお客様は「どうせ数年で手放すから安ければいい」という考えに流されやすい傾向があるように感じています。その気持ちにつけ込んで、必要以上に大掛かりな提案をしてくる業者も残念ながら存在します。
先ほどの長野県のお客様には、まずは不動産会社に相談して売却の時期をある程度定めてから、それに応じた最小限の対応を考えましょう、とお伝えしました。塗装は「するかしないか」の二択ではなく、どこまでやるかという匙加減が実はとても大事なんですよね。
売却という出口が見えている工事だからこそ、業者にも「なぜその範囲で十分なのか」をきちんと説明してもらう。それができる業者かどうかを見極めることが、遠回りのようで一番の近道なのだと、私は思っています。