前職で外壁塗装の窓口に勤めていた頃、埼玉県のあるご夫婦からお電話をいただいたことがあります。足場が外れた日の夕方で、奥様の声が少し沈んでいたのを今でも覚えています。
「同じ色でってお願いしたんです。でも、なんだか家が明るくなりすぎて、うちじゃないみたいで」。業者さんに悪気はありませんでした。手抜きもしていません。それでも、ご夫婦の頭の中にあった「同じ色」と、業者さんが塗った「同じ色」は、少しずれていたんですよね。
ちょっとしたことなのですが、毎日見る自分の家のことです。この「少し」がずっと気になってしまう。そういうお客様を、私は一人や二人ではなく見てきました。
ずれの一番の原因は、ここにあると思っています。
十年、十五年と日差しや雨にさらされた外壁は、少しずつ色があせていきます。毎日見ていると変化に気づきにくいのですが、ご家族が「うちの色」だと思っているのは、実は色あせた今の壁なんです。そこに新しい塗料で新築時と同じ色を塗ると、思っていたより濃く、あるいは鮮やかに見えてしまう。
反対に、業者さんが今の壁に合わせて色を作ると、今度は「新築の頃みたいに戻ると思っていたのに、くすんだまま」とがっかりされることもあります。どちらも間違いではありません。だからこそ、「同じ」という言葉がどちらの意味なのかを、最初にはっきりさせておいてほしいんです。新築のときの色に戻したいのか、今見えている色に合わせたいのか。たったこれだけで、行き違いはかなり減ります。
同じ色に塗るなら、元の色が何だったのかを知るのが近道です。ハウスメーカーで建てたお宅なら、引き渡しのときの仕様書や仕上げ表に、外壁の色名や品番が書かれていることがあります。前回塗装をしたことがあるなら、そのときの見積書や完了報告書も手がかりになります。
ところが実際には、書類がどこにあるか分からない、そもそももらっていない、という方がほとんどでした。そうなると業者さんは、壁を見ながら近い色見本を選んだり、塗料を混ぜて色を合わせたり(調色といいます)することになります。腕のいい職人さんならかなり近づけてくれますが、人の目で合わせる以上、少しの差は出るものだと思っておいたほうが気が楽です。
押し入れの奥や、新築のときの書類の束を一度だけ探してみる。それで見つかれば儲けもの、くらいの気持ちで大丈夫です。
私がお客様にいつもお勧めしているのは、本塗りの前に、目立たない場所の壁へ少しだけ試し塗りをしてもらうことです。小さな色見本と大きな壁では色の見え方が違いますし、晴れの日と曇りの日でも印象は変わります(このあたりは別のコラムでも触れました)。
試し塗りの横に今の壁が並ぶので、「新築のときに近い」「今よりちょっと明るい」と、ご家族で同じものを見ながら話ができます。もう一つ、艶の具合でも色の感じ方は意外と変わるので、一緒に聞いておくと安心です。
冒頭のご夫婦には、後日業者さんと相談していただき、アクセントになっていた部分の色を少し落ち着いた色に変えることで、全体の印象を和らげてもらいました。奥様から「やっと見慣れてきました」と言っていただけたときは、私も肩の力が抜けたような気持ちでした。ただ、本当は塗る前に防げた話なんですよね。
「同じ色で」という頼み方は悪くありません。むしろ、家の雰囲気を大切にしたいお気持ちの表れだと思います。
ただ、その言葉ひとつで全部伝わるわけではありません。新築のときの色なのか、今の色なのか。書類は残っているのか。試し塗りはしてもらえるのか。打ち合わせでこのあたりを一つずつ確認してくれる業者さんは、仕上がりのイメージをお客様と揃えることを大事にしている業者さんだと、私は感じています。