前職で担当した、関東のあるお客様のことを今でも覚えています。
築二十年ほどのモルタルのお宅で、新築の時から外壁にはふんわりとした細かい凹凸がありました。昼過ぎに光が斜めから当たると、壁に柔らかい陰影が浮かぶんです。奥様はその表情がとても気に入っていたそうで、塗り替えでは「色だけ少し明るくしたい」とおっしゃっていました。
工事が終わって一週間ほど経った頃、お電話をいただきました。「色はイメージどおりなんです。でも、壁がのっぺりしてしまった気がして」と。声は穏やかでしたが、どこか寂しそうでした。
あとで業者さんに確認すると、新築の時は吹き付けで模様をつけた仕上げだったものを、今回はローラーで塗っていたことが分かりました。
ローラー塗りが悪いわけではないんですよね。塗料の飛び散りが少なく、ご近所への配慮という点では今の住宅街に合った方法ですし、塗膜もしっかりつきます。ただ、ローラーにも種類があって、どれを選ぶかで仕上がりは変わります。細かな凹凸を活かすのか、元の模様の上に新しい模様をつけるのか、それとも平らに近づけるのか。ここは職人さんの判断に任されていることが多い部分です。
吹き付けは模様を再現しやすい一方で、養生の手間がかかり、立地によっては使いにくいこともあります。どちらにも理由があるからこそ、どちらで塗るのか、仕上がりがどう見えるのかを、お客様が事前に知っておけるといいなと思うんです。
業界に身を置いて長くなりますが、見積書に「仕上げ方法」がきちんと書かれているケースは、そう多くありません。
業者さんの側からすると「いつもの塗り方」なので、わざわざ説明するほどのことではない、という感覚があるのだと思います。お客様の側も、まさか模様が変わるとは思っていないので質問のしようがない。どちらにも悪気はないまま、すれ違いだけが残ってしまうんですよね。
あのお客様の件では、業者さんが誠実な方で、目立たない面で模様をつける塗り方を試してくださいました。最終的には落ち着きましたが、「最初に一言聞いておけば」と奥様が何度もおっしゃっていたのが、今でも耳に残っています。
難しいことをお願いするつもりはありません。
「今の壁の模様は、塗り替えたあとも残りますか」。この一言を、見積もりの段階で聞いてみてほしいんです。できれば、塗り板(小さな見本の板)を模様つきで見せてもらえるか、同じ塗り方で仕上げたお宅の写真があるかも尋ねてみてください。色見本は平らな紙のことがほとんどなので、凹凸のある壁に塗った時の印象とはまた違います。
答えてくれる業者さんは、仕上がりまで想像して工事を組み立てている方だと思います。反対に「やってみないと分からない」とだけ返ってくるようなら、少し立ち止まって、もう一社に話を聞いてみてもいいかもしれません。
外壁塗装は、家を雨や紫外線から守るための工事です。それは間違いありません。
ただ、毎日帰ってくる家の「顔」を、住む人が気に入っているかどうか。これも同じくらい大切だと私は思っています。十年、十五年と付き合う壁ですから。弊社では、こうした小さな希望まで汲み取って説明してくれる業者さんとお客様をおつなぎしたい、という気持ちでこの仕事を続けています。