前職で相談窓口を担当していた頃、長野県のお客様から夕方にお電話をいただきました。声の様子で、迷いながらかけてくださったのが分かりました。
「見積もりを取ってみたら、思っていた金額とずいぶん違って……。道路から見える南側だけ塗るのは、おかしいでしょうか」
おかしくありませんよ、と私はお答えしました。ご予算の中で家を守ろうとされているだけなので、恥ずかしいことは何ひとつありません。ただそのあとに、いくつか申し上げなければいけないことがありました。部分塗装には、面積が半分だから金額も半分、とはならない事情があるからです。そこを知らずに話を進めると、「安くならないなら結局どうすればいいのか」と、もう一度ふりだしに戻ってしまう。それが一番おつらいと思ったんですよね。
塗装工事で金額のかたまりになりやすいのが足場です。そして足場は、原則として建物の周りをぐるりと囲うかたちで組まれます。南側だけ塗る場合でも、材料の搬入や職人の動線、隣地との取り合いを考えると、片側だけをぽつんと組んで済むケースは多くありません。
つまり、塗る面積を半分に減らしても、足場の費用はそれほど減らないことがあるのです。高圧洗浄の機材を運んでホースを引き回す手間、窓や植木の養生、塗料の開け始め、現場の管理。こうした段取りは、面積に比例してくれません。
「面積が半分なのに、この金額はおかしいのでは」——部分塗装の見積書を前に、そうおっしゃる方は少なくありませんでした。業者が不誠実だからそうなっているとは限らないんです。もちろん中には、部分塗装であることを利用して、減るはずの塗料代をそのまま残したまま出してくる業者もいます。だからこそ、どの項目が減ってどの項目が変わらないのか、一行ずつ説明してもらう価値があります。
部分塗装で後々ご相談が増えるのは、費用よりむしろ見た目のことでした。
塗る範囲と塗らない範囲の切り替えを、建物の角や目地、水切りのラインといった区切りのある場所で止めるのか。それとも壁の途中で止めてしまうのか。壁の真ん中で色が変わると、光の角度によっては境目の線がくっきり出てしまいます。数年経って上から汚れが乗ると、その線がさらに目立ってくることもありました。
もうひとつ。埼玉県のお客様が、二年ほど間を置いて残りの三面を塗られたことがあります。塗料も色番号も前回と同じものを指定されていました。それでも工事のあと、「新しい面と前の面で、思っていた以上に差が出ました」とご連絡をいただいたんです。外壁は日々の紫外線と雨で少しずつ色が動きます。同じ色を選んでも、塗った年が違えば、並んだときに違いとして見えてくる。これは業者の腕の問題ではなく、材料の性質としてそうなのだと、契約の前に共有しておきたかったと今でも思います。
ここまで注意点ばかり申し上げましたが、部分塗装が理にかなっている場面もあります。数年のうちに建て替えや売却をお考えの家。西面や道路側だけが極端に傷んでいて、他の面はまだ余裕がある家。ご家族の学費や介護の事情で、どうしても今年はここまで、という家。どれも、その方の暮らしから出てきた立派な判断だと思っています。
選ばれる場合は、三つだけお願いしたいことがあります。ひとつ、見積書に施工範囲を図や写真で残してもらうこと。文章だけの「南面および東面」は、数年後に誰も覚えていません。ふたつ、今回塗らない面の状態を写真に撮って、気になる箇所のメモを添えてもらうこと。みっつ、残りの面をいつ頃までに手を入れたいのか、目安の年を書いてもらうことです。
この三つがあるだけで、次に業者へ相談するときの出発点がまるで変わります。家のことは、忘れるんですよ。私も自宅のことで同じ失敗をしました。
前職で今でも忘れられない場面があります。あるお客様が思い切って予算の上限を営業担当に伝えたところ、それまで笑顔だった担当者の口調が急に冷たくなった、と後から聞きました。その方は結局、その業者とのやり取りをやめられました。
一方で、同じような相談に対して「では今年はこの面を、来年こちらを」と、順番を一緒に紙に書いてくれた職人上がりの社長さんもいました。そのお宅は数年かけて、きちんと家全体を塗り終えられたと聞いています。
ご予算を打ち明けたときの相手の反応は、その業者が誰のために仕事をしているかを、かなり正直に映すと感じています。弊社が複数社の話を聞くことをおすすめしているのは、金額を比べるためだけではないんです。困りごとを打ち明けたときに、一緒に考えてくれる人かどうかを見ていただきたいからでもあります。