前職に勤めていた頃の話です。埼玉県のあるお宅で工事が始まって2日目のことでした。「塗料の臭いが窓を閉めていても家の中まで入ってきて、生後4ヶ月の赤ちゃんが心配で」と、お母さんからお電話をいただいたんです。声に不安がにじんでいて、今でもその電話を鮮明に覚えています。
担当していた業者に確認したところ、使用していたのは溶剤系の塗料でした。当時はまだ溶剤系が多かった時代で、事前の説明もなかったようで。お母さんに「どうすればよかったんでしょう」と言われたとき、私はうまく答えられなかった。その後悔が、今の私の仕事の仕方に影響していると思っています。
外壁塗装に使われる塗料は、大きく「水性」と「溶剤系(油性)」に分かれます。溶剤系は塗料を溶かすのに有機溶剤(シンナーなど)を使うため、独特の刺激臭が出やすいのです。揮発性有機化合物、いわゆるVOCを多く含む製品ほど、臭いが強くなる傾向があります。
一方で近年は水性塗料の性能が大きく上がり、今では外壁に使う塗料の多くが水性に移行しています。水性だからといって完全に無臭というわけではないのですが、臭いの強さという点では、溶剤系とはだいぶ違うと感じている方が多いです。お子さんやご高齢の方、アレルギー体質の方がいらっしゃるご家庭では、事前に業者へ「水性塗料を使ってもらえますか」と確認していただくことをお勧めしたいと思います。
ただ、屋根や付帯部など、部位によっては溶剤系の方が密着性が高く適している場合もあります。「全部水性で」と一律に決めるより、どの部位にどの塗料を使うのかを業者と丁寧に話し合うことが、結果的に工事の質を守ることにもつながると私は思っています。
臭いへの対策として、工事期間中に外出される方もいらっしゃいます。実際、小さなお子さんがいるご家庭では、塗装作業が集中する時間帯だけ近くの公園や実家へ移動されることもあるようです。
私が前職で経験した中でも、こうした配慮を業者から事前に提案してくれたケースと、何も言わずに工事を始めたケースでは、お客様の満足度に明らかな差がありました。良い業者ほど「この日は塗装の本工程です。なるべく換気をお願いします」「この時間帯は窓を閉めておいていただけますか」と声をかけてくれます。先日も、愛知県のあるお客様から「工事前にそういう話を一切してくれなかった」というご連絡をいただきました。臭いよりも、その「事前の配慮がなかった」という点が、ご不満の根っこにあったんですよね。
「どんな塗料を使うか教えてもらえますか」
この一言を、見積もりの段階で聞いてみてください。塗料の品番やメーカーを教えてもらえれば、安全データシート(SDS)を確認することもできます。「低VOC」や「F☆☆☆☆(エフフォースター)」という表記があれば、比較的臭いが抑えられた製品である場合が多いです。もちろん、すべての塗料をご自身で調べる必要はありません。「アレルギーが心配なので、臭いの少ない塗料を選んでほしい」と伝えるだけでも、誠実な業者であれば対応を考えてくれます。そうした相談をきちんと受け止めてくれるかどうかも、業者を選ぶ大切な基準の一つだと私は思っています。
外壁塗装は何十万円もかかる大きな工事です。
なのに、「臭いが心配」という当然の気持ちを、業者に遠慮して言えないお客様を私はたくさん見てきました。工事は始まってしまえば取り消すことが難しい。だから、気になることは必ず工事の前に聞いてほしいと思っています。「大げさかな」と思わないでください。お子さんやペット、ご高齢のご家族がいるご家庭で心配されるのは、至って当然のことです。業界に20年身を置いてきた私が言えるのは、こうした不安を事前にちゃんと伝えてくれたお客様ほど、工事後に「お願いしてよかった」とおっしゃることが多かった、ということです。