前職に入って間もない頃のことです。神奈川県のあるお客様から、お電話をいただきました。「3社から見積もりを取ったんですけど、金額がバラバラで、もう何が正しいのか分からなくなってしまって」と。声に少し疲れがにじんでいたのを、今でも覚えています。
一番安いところと高いところで、80万円近く差がありました。普通なら安いほうを選びたくなりますよね。でも、その安い1社だけ、なぜか足場代がほとんど書かれていなかったんです。後から追加でかかる、よくあるパターンでした。
相見積もりというのは、ただ金額を横に並べることではないんですよね。並べてみて初めて見えてくる「おかしな点」を拾うための作業なんです。そこを取り違えてしまうと、数字の安さだけに引っ張られて、かえって遠回りになってしまうことがあります。
見積もりがバラバラになる理由のひとつは、各社で塗料も塗る回数も前提が違うからなんです。A社はシリコン、B社はフッ素、C社は下塗りの回数が違う。土俵が違うものを比べても、高い安いの判断はできません。
ですから私は、お客様にこうお伝えしています。「最初に、使ってほしい塗料のグレードと、塗る面積の希望を、各社へ同じ条件で伝えてみてください」と。条件を揃えるだけで、見積書はぐっと比べやすくなります。そのうえで金額に差が出るなら、その差には理由があるはずなんですよね。
逆に、こちらが条件を揃えてお願いしているのに、頑なに自社のやり方だけを押し通してくる。そういう業者さんも、正直なところいらっしゃいます。お客様の希望をどう受け止めてくれるか。その姿勢こそ、金額以上に見ておきたいところだと思っています。
相見積もりをしていると、営業の方から「他社さんはおいくらでしたか」と聞かれることがあります。これ、答え方に少し注意してほしいんです。
金額をそのまま伝えてしまうと、相手はその数字の少し下を狙って合わせてくることがあります。一見、お得に見えますよね。でも、なぜ最初からその金額を出してくれなかったのか、という話でもあるんです。
大分県のお客様で、こんな方がいらっしゃいました。最初の見積もりは高めだったのに、他社の金額を伝えた途端、20万円も値引きしてきた。お客様は「ラッキー」と喜んでおられたのですが、私は内心、少し心配でした。簡単に下げられる金額には、最初から余分が乗っていたのかもしれません。そして、簡単に下げる業者ほど、どこかで帳尻を合わせようとすることがあるんです。見えない下地の部分で。
相見積もりを取ると、つい金額の安い順に並べたくなります。気持ちはとても分かります。何十万円もの差ですから。
ただ、長く業界に身を置いてきて思うのは、本当に並べてほしいのは「この人になら任せられる」と感じた順なんですよね。見積書の説明が丁寧だったか。こちらの素朴な質問に、面倒くさがらず答えてくれたか。現地をきちんと見て、ここが傷んでいますね、と具体的に教えてくれたか。
金額はもちろん大事です。でも、工事が始まってからの数週間、その業者さんと付き合っていくことになるわけです。先日も、「安さで選んだら現場の対応が雑で、毎日気が重かった」とこぼされたお客様がいらっしゃいました。数字には表れない部分が、満足度を大きく左右するんだと、改めて感じたお話でした。
少し言い方は悪いかもしれませんが、相見積もりは、お客様が業者を見極める数少ないチャンスでもあるんです。まだお金を一円も払っていない段階で、相手の仕事ぶりの一端が垣間見える。こんな貴重な機会はありません。
質問への反応、見積書の細かさ、約束した日時にきちんと連絡をくれるか。そういう小さなやり取りの積み重ねに、その会社の本当の姿が出ます。データを見ても、契約前の対応が丁寧だった業者さんは、工事後のトラブルも少ない傾向がありました。
ですから、見積もりを取ること自体を、どうか負担に感じすぎないでください。比べることは、迷うことではなく、納得して選ぶための準備なんです。お客様が後悔のない一社にたどり着けるよう、私も微力ながらお手伝いを続けていきたいと思っています。