前職で外壁塗装の窓口にいた頃、埼玉県のあるお客様からお電話をいただきました。60代の男性で、話し方がとても丁寧な方です。
「業者さんに見てもらう前に、汚れたままの壁を見せるのは恥ずかしくて。ホームセンターで高圧洗浄機を買って、休みの日に家じゅう洗ったんです」とおっしゃいました。苔も黒ずみもすっきり落ちて、ご家族にも喜ばれたそうです。ところが、その冬あたりから北側の部屋の壁紙にうっすらシミが出てきた、と。
現地を見た業者さんの話では、サイディングの継ぎ目のコーキングが、もともと痩せてひびが入っていたところへ水を勢いよく当てたため、ところどころ切れていたそうです。そこから壁の内側に水が入っていた可能性がある、という見立てでした。お客様は電話口で「よかれと思ってやったのに」と何度もおっしゃっていて、その声は今でも覚えています。
塗装工事の最初に業者が行う高圧洗浄は、塗る前提の工程なんですよね。洗ったあとはしっかり乾かして、傷んだコーキングは打ち替え、ひびは補修してから塗る。洗うことと直すことがセットになっています。
家庭でやる場合は、洗ったところで終わってしまいます。古くなった塗膜は、勢いのある水を当てるとめくれたり、表面の粉(チョーキング)と一緒に塗膜が薄くなったりすることがあります。窓まわりの隙間や換気口に水が入りこむこともあって、これは洗っている最中にはなかなか気づけません。
(もちろん、塗膜がまだ元気な家で、ノズルを離して軽く流す程度なら問題が出ないことも多いです。ただ、塗り替えを考えはじめた時期の壁は、ちょうど弱っている頃なんですよね。)
私がいちばんお伝えしたいのは、ここです。
見積もりのために来てもらう業者さんに、きれいな壁を見せる必要はないんです。むしろ、苔がどこに生えているか、どの面の汚れが強いかは、その家の日当たりや水はけを知るための大事な手がかりになります。腕のいい業者さんほど、汚れ方を見て「この面は湿気がこもりやすいですね」と話してくれるものです。洗ってしまうと、その手がかりが消えてしまいます。
弊社にご相談いただくお客様にも、「掃除してから呼んだほうがいいですか」と聞かれることがあります。そのときは「そのままで大丈夫ですよ、そのほうが分かることが多いので」とお答えしています。皆さんほっとした顔をされるんですよね。
玄関まわりの泥はねや、ご近所の目が気になる面だけでも、という気持ちはよく分かります。
その場合は、まず壁を手で触ってみて、白い粉がつかないか、継ぎ目のゴムのような部分にひびや隙間がないかを確かめてください。気になるところがあれば、洗う前に一度プロに見てもらうほうが安心です。洗うときも、水は下から上ではなく上から下へ、ノズルは壁から離して、窓や換気口、継ぎ目には直接当てない。柔らかいブラシと水だけで足りることも案外多いと思います。
先ほどの埼玉のお客様は、結局コーキングの打ち替えと一部の下地補修を含めた工事になりました。工事が終わったあと、「次からは掃除する前に電話しますよ」と笑ってくださったのが救いでした。