外壁塗装の工事が始まると、家じゅうがビニールシートや養生ネットで覆われます。窓もエアコンの室外機も、丁寧に一つひとつ包まれていくわけですが、その中に「避難ハッチ」が含まれていることに、気づかれない方が実は多いんですよね。避難ハッチというのは、集合住宅のベランダに設置されている、いざという時に隣戸へ避難するための蓋のことです。
職人さんからすれば、養生というのは塗料を飛ばさないための作業であって、避難経路を意識する場面ではありません。悪気があるわけではなく、単純に「そこに何があるか」を知らないまま、シートを掛けてしまうことが起きるんです。私自身、前職で現場を見て回っていた頃、養生の順番や範囲まで細かく指示を出す業者と、そうでない業者とでは、こういう部分に驚くほど差が出るのを感じていました。図面上では見えてこない、現場ならではの温度差だと思います。
これは前職時代のことです。集合住宅の外壁塗装で、足場が組まれてから数日経った頃、あるお客様からお電話をいただきました。「ベランダの床にあるはずの蓋が、シートで覆われて開けられなくなっている気がする」というご相談でした。
そのお客様は、小さなお子さんと暮らしていて、避難ハッチの存在をずっと心の支えにしていたそうです。実際に火災や地震が起きたわけではありません。でも「もし今、何かあったら」と考えた瞬間に、シートの下がどうなっているのか分からない不安が一気に押し寄せてきた、とおっしゃっていました。電話越しの声が少し震えていたのを、今でも覚えています。
すぐに業者に連絡を取り、その日のうちに現場を確認してもらいました。幸い、蓋自体は塞がれておらず、上にネットが軽く掛かっていただけだったのですが、お客様が「開けられるか分からない」状態のまま何日も過ごしていたという事実は、変わりませんでした。工事のミスではなくても、お客様の安心を損なってしまえば、それは業界としての反省点なんですよね。同じ思いをするお客様をもう一人でも減らしたいと、この一件から強く思うようになったんです。
避難ハッチのあるお宅であれば、契約前や着工前の打ち合わせで「ベランダの避難ハッチ周りはどう養生しますか」と一言聞いておくことをお勧めします。多くの業者は、聞かれれば普通に対応してくれますし、聞かれて初めて「言われてみればそうですね」と気づくケースも少なくありません。聞くこと自体が、業者の現場対応力を測る小さなテストにもなると思っています。
工事期間中も、避難ハッチの位置と開け方だけは、ご自身とご家族が把握しておくことが大切だと思っています。足場やシートで見た目が変わってしまうと、普段の感覚とは違う場所に感じられることもあるからです。工程表をもらったら、避難経路に関わる部分がいつ養生され、いつ外れるのかも合わせて確認しておくと、安心して過ごせるのではないでしょうか。管理組合がある物件では、他の住戸の避難ハッチともつながっていることが多いので、管理会社への一報も忘れずにいただきたいところです。
色や塗料の相談に比べると、避難ハッチの話は地味に映るかもしれません。ですが、住まいの安全に直結する部分だからこそ、工事を任せる業者がどこまで気を配ってくれるかを見る、一つの物差しにもなると私は考えています。
見積書や工程表には出てこない、こうした細部への配慮こそが、本当に信頼できる業者かどうかを分けるところなんですよね。これからベランダのある集合住宅の外壁塗装を検討される方には、色や価格の話と同じくらい、避難経路の扱いについても遠慮なく質問していただきたいと思っています。