外壁塗装の準備というと、多くの方が足場や養生シートを思い浮かべます。ただ、実際に現場で立ち会っていると、玄関まわりには驚くほどたくさんの「外すべきもの」があることに気づかされます。表札、郵便受け、宅配ボックス、センサーライト、風鈴やウェルカムボード、季節ごとに飾る小さな置物。どれも普段は意識しない、けれど確かにそこにある暮らしの一部です。
業者によっては、契約前の打ち合わせでこうした細部まで確認してくれるところもあれば、養生の担当者が現場でその日の判断に任せてしまうところもあります。この差が、工事が終わった後の満足度を大きく左右するのを、私は何度も見てきました。前職で初めてこうした相談を受けた時のことを、今でも覚えています。
忘れられないお話があるんです。長野県にお住まいのお客様から、工事が終わって数日後にお電話をいただきました。声のトーンから、何かあったのだとすぐに分かりました。玄関脇に飾っていた小さな陶器の表札が、養生シートの下に紛れたまま塗料を浴びてしまっていたのです。
ご本人にとっては、ご主人と一緒に選んだ、思い入れのある品だったそうです。金額に換算すれば大した話ではないかもしれません。ただ、それがどれほど大切なものだったかを聞いた時、私は胸が痛くなりました。業者の作業ミスというより、誰も「これは外していいものか」を確認しなかった、その積み重ねが招いた出来事だったのだと思います。
施主とのトラブル対応をしていた頃、こうした「言った言わない」に近い相談を数多く受けてきました。業者側に悪意があるわけではないのです。現場の職人さんは塗装の仕上がりに集中していて、玄関まわりの細かい装飾品にまで意識が向きにくい、という事情があります。工程が詰まっている日ほど、そうした確認は後回しにされがちです。
一方でお客様の側も、「外してほしいものがあれば当然聞いてくれるはず」と思い込んでいることが多いように感じます。この認識のずれが埋まらないまま工事日を迎えてしまうと、双方にとって後味の悪い結果になりかねません。先日も、似たようなお話を伺ったばかりでした。玄関先の小さな靴箱の飾り棚が、養生の外側に置かれたまま塗料の飛沫を浴びてしまったというご相談でした。
業界に身を置いて20年になりますが、優良な業者ほど、現地調査の段階で玄関まわりのチェックリストを用意していると感じます。表札や郵便受けの位置を写真に残し、取り外しが必要かどうかをその場でお客様と一緒に確認する。当たり前のようで、これができている業者は多くないというのが実感です。
逆に、こうした確認を省く業者に共通しているのは、工程表そのものが大まかで、養生の範囲や順序が現場任せになっている傾向があるという点です。細部への配慮は、工事全体の丁寧さと地続きなのだと、私は思っています。小さな確認を怠らない業者は、たいてい他の工程でも丁寧な仕事をしてくれるものです。
表札も、郵便受けも、センサーライトも、塗装の見積もりには載らない小さな存在です。ただ、そこにある暮らしの記憶までは、業者には分かりません。契約前に、玄関まわりで気になるものがあれば遠慮なく伝えていただきたいですし、弊社としても、そうした一言を拾える体制づくりを大切にしていきたいと思っています。
大きな金額が動く工事だからこそ、目が行きやすいのは価格や塗料のグレードです。ただ、工事が終わった後にお客様の記憶に残るのは、案外こうした小さな出来事だったりするのです。