前職にいた頃、東北のあるお客様からお電話をいただいたことを今でも覚えています。70代のご夫婦でした。「火災保険でタダになるって言われて契約したのに、保険が下りなくて、工事代だけ請求が来ている」と、声が震えていらっしゃいました。
話をうかがうと、訪問してきた業者が屋根に上がって写真を撮り、「これは雪災です、保険でいけます」と言い切ったそうなんです。申請の書類はその業者が全部作ってくれる。お客様はサインをしただけ。ところが保険会社の調査では「経年劣化」と判断され、保険金は一円も下りませんでした。残ったのは、すでに組まれてしまった足場と、数十万円の請求書だけだったんです。
このお話、決して珍しいものではありませんでした。形を変えて、似たようなご相談が何度も寄せられていたんですよね。
そもそもの話をさせてください。火災保険というのは、火事や台風、大雪といった「突発的な災害」で壊れた部分を直すためのものです。年月とともに塗膜が薄くなった、色あせた、チョーキングが出てきた——こうした自然な劣化は、保険の対象にはならないんです。ここが、勧誘の言葉とのいちばん大きなズレなんですよね。
ところが「保険でいけます」と言ってくる業者の多くは、この線引きをあいまいにしたまま話を進めます。風で少し浮いた部分を見つけて「これも災害です」と広げていく。お客様からすれば、プロにそう言われたら信じてしまいますよね。私だってその場にいたら、専門家の言葉を疑うのは難しいと思います。
申請そのものが通るかどうかを決めるのは、業者ではありません。保険会社であり、その先の鑑定人です。ここを業者が「必ず下ります」と言い切るようなら、一度立ち止まってほしいのです。下りるかどうかは、誰にも約束できないものなのですから。
もう一つ、お伝えしておきたいことがあります。こうした勧誘では「申請は全部こちらでやります」という申請代行とセットになっていることが多いんです。一見、面倒な手続きを肩代わりしてくれる親切に見えます。
けれど契約書をよく読むと、「保険金の○割を手数料としていただきます」と書かれていたり、「申請を取り下げた場合は違約金が発生します」という一文が入っていたりするんですよね。長野県のお客様で、保険は下りたものの手数料を引かれ、結局ご自身でまともな業者に頼むより高くついてしまった、という方もいらっしゃいました。「下りたのに、なんだか損した気分です」とおっしゃっていた、あの少し疲れたような声が忘れられません。
業界に身を置いて20年ほどになりますが、保険金の申請は、本来ご自身でも保険会社に問い合わせればできるものなんです。代行が必ず悪いとは言いません。ただ、その手数料が何に対する対価なのか、はっきりさせないまま判子を押すのは、避けてほしいと思っています。
ここまで注意ばかりお伝えしてきましたが、火災保険そのものを否定しているわけではないんです。実際に台風で雨どいが折れた、飛んできた物で外壁が割れた——こうした明確な被害であれば、保険が頼りになる場面は確かにあります。
大切なのは順番だと思っています。被害があったら、まずご自身が加入されている保険会社に直接連絡する。鑑定をしてもらう。そのうえで、修理や塗装を信頼できる業者に頼む。この順番なら、業者の言葉に振り回されることは少なくなります。先日も、ご自分で保険会社に確認してから相談に来られた方がいて、話がとてもスムーズに進みました。冷静な一手間が、ご自身を守ってくれるんですよね。
もし「保険で無料になります」と玄関先で言われたら、その場で契約しないでほしいんです。ただ、それだけでもずいぶん違います。
急かしてくる相手ほど、いったん引いて、ご家族や保険会社に確認する時間をつくってほしい。本当に良心的な業者であれば、お客様が確認の時間を取ることを嫌がったりはしません。「ゆっくり調べてください」と言える業者かどうか。そこに、その業者の姿勢が表れているように、私は感じています。あの震える声のお電話を、もう受けたくないんです。同じ思いをするお客様を、一人でも減らしたい。その気持ちで、今日はこの話を書きました。