前職で、埼玉県のあるお客様からお電話をいただいたことがあります。「150万円くらいで考えています、と業者さんに伝えたんです。そうしたら見積もりが149万円台で。これって偶然でしょうか」と、少し笑いながら、それでも不安そうな声でした。
見積書を一緒に見ていくと、塗料のグレードは標準的なのに、足場や下地処理の項目が他社より目立って高くなっていました。合計を予算に合わせて、あとから中身を調整したように見えたんですよね。もちろん、すべての業者がそうだとは思っていません。ただ「予算を言ったら、その金額に寄せてくる」という場面は、業界に身を置いてきたなかで何度も見てきました。
お客様は「私が先に言わなければよかったんですね」とおっしゃいました。その言葉が、今も耳に残っています。
誤解のないようにお伝えしておくと、予算を聞くこと自体はおかしなことではないんです。
きちんとした業者さんほど、限られた予算のなかで何を優先するかを一緒に考えようとします。たとえば「この金額なら外壁はこの塗料にして、雨樋や破風板は次回に回しましょう」「屋根も気になるなら、塗料を一段下げて同時にやる方が足場代は一度で済みますよ」というように。予算が分からないと、こうした組み立ての提案がしにくいのも事実なのです。
ですから、聞かれたこと自体を警戒しすぎる必要はありません。大事なのは、聞かれたあとの「答え方」なんだと思います。
私がお客様におすすめしているのは、ぴったりの金額ではなく、何を大切にしたいかを先に伝える方法です。
「あと10年くらいはこの家に住みたい」「見た目より、雨漏りしないことが一番」「屋根のことも気になっている」。こうした言葉は、業者さんにとって金額以上に役に立つ情報になります。そのうえで、まずは標準的な内容で見積もりを出してもらい、何社か並べてみてから「実はこのくらいに収めたいのですが、どこを削れますか」と相談する。この順番だと、最初から金額に寄せられた見積もりを受け取ることは減っていきます。
幅を持たせて伝えるのもひとつの方法です。「100万円から150万円のあいだで迷っている」と言われれば、業者さんもいくつかの案を出しやすくなりますから。
忘れられないお話があるんです。
関西にお住まいの70代の女性から、塗り替えてまだ数年なのに色あせとひび割れが出てきた、というご相談をいただきました。お話を伺うと、最初の打ち合わせで「年金暮らしなので、あまりお金はかけられなくて」とおっしゃったそうです。業者さんはそれを聞いて、一番安い塗料の案だけを持ってきた。お客様もそういうものだと思って契約された。
ところが、あとで娘さんが「言ってくれたら少し出したのに」と。ご本人も「もう一つ上の塗料の話を、聞くだけでも聞いておけばよかった」と、受話器の向こうで何度も繰り返されていました。
業者さんに悪気はなかったのかもしれません。気を遣って、安い案だけにしてくれたのだと思います。でも、選ぶ機会そのものがなくなってしまった。予算の伝え方ひとつで、こういうすれ違いも起きるのだと、そのとき強く感じました。
予算を聞かれて迷ったら、「いくつかの案で見せてもらえますか」と返してみてください。塗料のグレード違いで2〜3案、それぞれ何年くらいもつ見込みなのか。それを見てから決めても、遅くはありません。
弊社にご相談いただくお客様にも、同じことをお伝えしています。金額の数字は、比べる材料がそろってから出せば十分です。