前職で外壁塗装の窓口を担当していた頃は、相場を知る手段といえば業者から見積もりを取るか、ご近所に聞くくらいしかありませんでした。今はスマートフォンで写真を撮り、築年数や延床面積を入力するだけで、それらしい金額がすぐに表示されます。これ自体はとてもありがたい進化だと感じています。
ただ、AIが出す数字はあくまで統計的な平均値です。似たような条件の家を大量に学習して、そこから導き出された「傾向」に過ぎません。実際にお宅の外壁を見て、コーキングの状態やひび割れの深さ、下地の傷み具合を確認しなければ分からないことが、外壁塗装にはたくさんあるんですよね。
数年前、長野県にお住まいのお客様から「AIで調べたら思っていたよりずっと安い金額が出たのに、現地調査に来た業者の見積もりがそれよりずいぶん高くて、騙されているんじゃないかと不安になった」というお電話をいただいたことがあります。声には明らかに戸惑いと、少しの怒りが混じっていました。
話を伺うと、そのお宅は北向きの壁面に長年の湿気で下地が傷んでいて、通常の下塗りだけでは済まない状態でした。AIの診断はもちろんそこまで見抜けません。写真だけでは分からない部分こそが、外壁塗装の見積もりを左右するのだと、私は改めて痛感しました。
結果として、そのお客様には複数の業者に現地調査をお願いいただき、なぜ金額に差が出るのかを一つひとつ比較していただきました。最終的にご納得いただいた上で契約されたと聞いたときは、こちらも胸をなで下ろしたのを覚えています。
理由はいくつかあります。まず面積の測り方です。AIは延床面積や築年数といった大まかな情報から外壁面積を推定しますが、実際の外壁面積は開口部の大きさや形状によって家ごとに違います。
下地の状態も大きな理由です。ひび割れの深さやコーキングの劣化、鉄部のサビといったものは、触ったり叩いたりしながら確認する作業で、写真や間取り図だけでは判断がつきません。長く現場を見てきた身としては、ここを飛ばして出す金額に、あまり重きを置かないようにしています。
足場の組みやすさも見落とされがちです。旗竿地だったり、隣家との距離が近かったりすると、それだけで人手や日数が変わってきます。こうした条件は、実際に敷地を歩いてみないと分からないものなんですよね。
誤解のないように伝えたいのですが、AIによる相場診断そのものを否定するつもりはありません。むしろ、何も知らない状態で業者と対峙するより、大まかな相場観を持ってから話を聞く方が、業界に身を置いて20年の私から見ても、悪質な業者を見抜く助けになる場面はあると思っています。
大切なのは、AIの数字を「ゴール」ではなく「出発点」として使うことです。そこから複数の業者に現地調査を依頼し、なぜその金額になるのか説明してもらう。先日も似たようなご相談をいただいたばかりですが、差が大きいときほど、遠慮せずに理由を尋ねてみてほしいと思っています。